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休みは幾らでもあるぜ!いざ信州方面へ | 釣りキチダンナと猫キチニョーボが猫屋敷を舞台に繰り広げるドタバタ日記

休みは幾らでもあるぜ!

2000年8月17日

始動
今回の装備
午前七時、市内の渋滞を避けるため早めに出発する。三次、蒜山、人形峠と町中を通らないように中国山地を縫うように進んで行く。天気があまり良くなくて雨が降ったり止んだり、初日から合羽着て走ることになるとは!そろそろ鳥取市内に入るかなという所で前が見えなくなるほどの強烈な降りとなり雨宿りをする。合羽を脱いで一休みするが止みそうもない・・・再び合羽を着て走る気にもならず、「今日はもうイイや!」と思い、雨が止むのを待つことにする。夕方になり雨も何とか上がったので、今日の天幕場を探して海岸の方に走り出すのであった。

2000年8月18日

静かです。
竹林
京都に着いたのが正午過ぎ。今回の旅は午前中走って午後からバイク以外のことで遊ぶというパターンにしようと思ってたので思惑通りだ。渡月橋付近にバイクを停めて嵐山をブラブラする。サ○エさんのオープニングみたいに寺や神社を求めて歩き回る。なかでも竹林に囲まれ静かなたたずまいの嵯峨野は、これが京都と思わせる雰囲気だった。明日も京都を観るのでYHに泊まることにする。荷物を置いて歩き廻ろうと思う。

2000年8月19日

清水寺の近くだったかなあ?
京都にて
朝早くからデイパック担いで出発。宇多野から北の方を廻り、仁和寺を訪れる。早朝なので誰もいない!大寺院が威厳を漂わせていた。しばらくの間寺内を鬼瓦みたり庭園の石みたりしていたが、ぼちぼちと次に向かって歩き出す。金閣寺に着く頃には陽も高くなり観光客も増えてなんか鬱陶しい、自分も観光客なんで文句も言えないのだが、一応金で出来てる寺を観に行った。・・・にしても拝観料って高い!こんなに高いとは、手当たり次第に寺・神社を廻っているとエライ目に遭いそうだ。Tマップルの拡大地図を開き、見学する所を考え直す。何となくルートも決まったので東の方に向かって再び歩き出す。ある程度方角が合っていればそのうち着くだろうと思って京都の町を適当に歩いて行く。これが結構面白い適当に道を選んで行ってる割に京都らしいとうふ料理の店とかあったり小さな神社があったりする。やがて八坂神社までたどり着き、少しでも女運が良く成りますようにとお参りし、人波をかき分け清水寺の舞台へ登って行った。こうして京都歩き回り計画も終了。西本願寺にたどり着いた頃にはすっかり日も暮れていた。流石に一日中歩き回ると体がボロボロなのだ、駅からバスに乗って宿に帰って行った。

2000年8月20日

きょうと〜大原三千院♪
三千院
琵琶湖の西岸を通り福井県の方に抜けていく。(今日は飛騨まで行くのだ。)途中、三千院の看板を見つける。此処があの京都大原三千院なのか!折角なので立ち寄ってみる。三千院門跡より中へ入り。庭園や仏教建造物を見学する。ここ2・3日は寺神社ばかり観てるような気がする。(諸行無常の響きが聞こえてきそうだ。)琵琶湖を右手に見ながらボチボチ走る。琵琶湖といえばブラックバスなのだ、バサーだらけかと思ってたが以外に少なくて、湖ではマリンスポーツをする人達や海水浴を楽しむ家族連れで賑わっている。湖でマリンスポーツが出来るのだから琵琶湖は凄い、さすが日本一デカイ湖なのだ。福井県に出ると再び日本海が見えてくる。潮風に吹かれながら車の流れに乗って走って行く。日本海側より再び内陸へ、九頭竜川を登っていくように山奥に入っていった。いよいよ信州が近づいてくる。

2000年8月21日

合掌造なので合掌してみました。
合掌造
飛騨の山奥を走っている。山深い峠道をたまにすれ違う対向車にビビリながら先を進む。愛車世郎は高山病で出力が上がらないし・・・ところで此処何処なんだろう?対向車があるという事はそんなに変な所を走ってる訳でもないと思う。峠を越えて下って行ってるので、そのうち麓まで降りられると思う・・・結構長い間そんな山奥を楽しんでいると国道に出た。しばらく国道を走っていると運が良いのだろうか白川郷への案内標識を確認する。今日は、世界遺産の合掌造りを見に行くのだ。再び頭の中を”ソングオブライフ(世界遺産のテーマ)”が流れていく。白川郷まで10キロ、5キロと案内標識の数字が小さくなり、白川郷の村落に到着する。愛車に荷物番をさせて、白川を歩きまわる。観光地にあるといっても生活が営まれている村落なので生活のにおいがあり軒先に大根干してあったりする山奥の静かな村なのだ。水田の黄緑色の中にポツンポツンと合掌屋根があったりするのが良い。出来れば五箇山にある合掌造りのユースに泊まって見たかったのだが一時的な休館をしていた。(当時は2000年です。)残念だが、それでも五箇山の集落を訪れる。「オー」こっちの雰囲気も良い、なにより白川より観光客が少ないのがよい(自分も観光客なのだが)ゆっくり見てられる。五箇山民族館がお勧め!合掌の里五箇山の習慣や歴史、祭をパネルや映像で紹介してあり1時間は楽しむことが出来る。昭和の初期ドイツの世界的建築学者ブルーノ・タウトは五箇山を訪れ、合掌造りの合理的な構造を見て惜しみない賞賛を贈ったという。先人の残した知恵と技は、現在まで脈々と受け継がれる。今度は、雪の積もった冬に来てみたい、又いつか此処に来ようと思う。

2000年8月22日

え〜と何岳だっけ?
穂高
飛騨からいよいよ信州方面へ向かう一度下がった標高も再び上昇していく。今回は夏場ということもあって結構荷物を減らせたつもりだが世郎が悲鳴を上げている。乗鞍、穂高とか日本でも有数の高い山の名前が標識に出ているのだ、無理もない。新穂高ロープウェイ!ふと、その看板が目に入ってしまった。「ロープウェイか!」そう考えてしまったのだ。感覚的に五百円位だろう、地元のロープウェイもそんな感じだし行ってみよう。安房トンネルの手前で左折しロープウェイを目指す。到着、結構時間かかったな、いざロープウェイ乗り場へ・・・「げっ往復二千八百円!」まあそりゃそうかあんな高い所まで行くんだし後にも引けず切符を購入する。(ダイエットも兼ねて当分昼飯抜くかな)ロープウェイは谷間の集落より標高三千メートルクラスの山岳地帯を目指し一気に登っていった。これだけ登ると空気が清々しい。「うーん空気が美味い。」そして基本的には晴れているのだが雲が微妙に山頂を隠している。何とか西穂高岳、錫杖岳とかは見えるが槍ヶ岳、奧穂高とか見えず。しばらくの間、気流で形を変える雲を見たり、本来ならこの方向に槍ヶ岳が見えるのだろう。展望台の山岳位置を示す案内看板を見ながら想像したりしていたが展望台を降り、お土産屋で変なステッカー売って無いかなーとか、一応チェックし下りのロープウェイに乗りこんだ。

2000年8月23日

せっかく山にきたので山の写真を!
八ヶ岳連峰


バ○は高い所が・・・
国道最高所2位の麦草峠(2127m)
八ヶ岳が前方にそびえ立つ、そんなア○トライダーの表紙みたいな景色の中、本沢温泉を目指した。国道最高所二位の麦草峠を越えて八ヶ岳林道に入っていく。結構走りやすい林道を飛ばしながら本沢温泉への道を探すのだった。やがて三股に別れる所で「本沢温泉入り口、四駆以外は侵入禁止!」と書かれている看板を発見する。(納得いかないが看板に従う。)早速、山を歩く格好に着替えて本沢温泉を目指して歩き出す。旅をしてて結構良い所に行こうとすると本格的にはないにしろ、ある程度登山する用意はしておいた方が良い思う。イイものに出会える事が多いのだ。本沢温泉!最近ツーリング雑誌とかにも良くお目見えする日本最高所にある温泉だ。最北端とかの端っこも大好きだけど、最高所とかも大好きだ。今日は天気も良く八ヶ岳を見ながら歩いていく、どれが何岳かは知らないが、八つの内の一つを目指して登ってるらしい。「まさか、あんな上まで行くんじゃない無いだろうな?」と思っていると、本沢温泉まで1時間半という看板を見つけてホッとする。
雲上の湯
野天風呂日本最高所(2150m)
やがて山荘が見える。そこが本沢温泉だった。管理費を払い、もうしばらく歩くと山の谷間に降りて行く道がある。「おーあんな所に湯舟が!」本当にそれ以外は何も無い。そこら辺に着ている物を脱ぎ散らかして、野天風呂日本最高所に「ドボン!」そうなのだ、露天風呂ではなく野天と書いてあり、まさに!言葉のとおり野天だった。風呂は結構熱くそんなに長い事入ってられないが、今日は時間があるので風呂の外に出てボーとしたり、しばらくして、また入ったり、一時間位はそんな事して過ごす。あ〜幸せだ〜!

2000年8月24日

富士は日本一の山
富士山五合目(2305m)
建設省が光ファイバーとやらを埋めいて大渋滞!数キロ走っては止まり走っては止まりの繰り返しだ。しかも仮舗装の出来が悪くタイヤに引っかかり、何処を走って良いのか解らなくなる。早く抜けたいので、韮崎から身延・本栖湖へ、今日は富士山を目指している。まずは本栖湖にあるモーターボート研修所行ってみた。最近某少年誌の競艇漫画がお気に入りなので立ち寄ったのだ、運が良ければ練習を見れるかもしれない。国道から湖岸道へ降りて、しばらく走ると湖面に大きな時計があり、艇がきれいに並べてあった。施設はいかにも研修所という感じで、数人の生徒が艇の整備をしている。ひょっとしたらこの中に植木や松井を越える逸材がいるかもしれない。しばらく様子を伺っていたが、練習は始まりそうにない。残念だが早々に立ち去ることにする。「競艇場で待ってるゼ!」ぼちぼち富士山が見えるはずなんだけど、天気がまったりして良く見えない、富士山は遠くから見る方がいいに決まってるが、今日は遠くからじゃ見えない。しかも俺は高い所が大好きなので、富士スバルラインで五合目を目指すのだった。五合目に着くと、とりあえず標高の入った看板の前で記念写真を撮り、その辺をブラブラしてるとお土産屋の奧に神社を発見する。早速お参りを済ませ、おみくじを引いてみた。大吉!なんと大吉なのだ。大吉って神社の木とかに結わえるんじゃなくて持って帰るんだっけ?あまり大吉引いたこと無いので聞いた話だと、確かそうだったような?神社の人に聞いてみると持って帰っても良いそうで、記念に持って帰ることにする。「俺の時代が来る!」と思ってると、他にも同じ内容のことを神社の人に聞いている人がいる。ひょっとして、此処のおみくじって・・・大吉だらけなのか。その後、お土産屋で変なステッカー売って無いか探した後、河口湖へ降りて行った。

2000年8月25日

当時はバスも釣ってました。
ブラックバス
河口湖といえばバスなのだ!河口湖周遊道路を釣れそうな場所を探して走り回る。早朝なのだがすでに多くの釣人で賑わっていて、良さそうなポイントに中々入ることが出来ない。「さすが河口湖人多いな!こんなんで釣れるんか?」地元広島では人の少ない秘密のポイントで釣ってるんでどうも違う気がするのだ。それでも何とか釣り場を決めて釣り始める。弱気になってるので最初からワームを投げてしまう。・・・釣れん釣れん!場所を変え手を変え品を変え何とかしようとするが駄目なのだ。釣ろう釣ろうとするオーラが強すぎて釣れんのかもしれない「色即是空・・・」とか唱えてみる。ドタバタしている内に何とか小バスを釣り上げ何とかボーズを免れる。 1匹釣ってホッとしてると電話が掛かってきた。「釣れた?」Sさんからだ。Sさんは釣り雑誌でイラストを描いてる絵描きさんで昨日の宿河口湖YHで知り合った。今日1日、Sさんも釣りをすると言うので「釣れたらお互いに連絡しましょう。」と約束していたのだ。話を聞くと同じような状況らしいことが判った。とりあえず合流することになり道の駅で待ってると、SさんのSRXがやってくる。そう、Sさんもバイク乗りなのだ。その後二人で釣れる所を求めて河口湖周辺ウロウロ、精進湖にも行ってみたりと、どっちかというとツーリングみたいになったきたが、それでも日が暮れるまで釣り竿を振り回して遊ぶのだった。結局小バスが2匹という結果に終わってしまった。うーん、釣りって難しい!こんなに一生懸命釣りをしたのは久しぶりだ。

2000年8月26日

イラストが微妙に良い
氷穴
富士山って穴だらけなのか?コウモリ穴、風穴、氷穴・・・全部行ってみることにする。河口湖から西湖へ抜けてコウモリ穴へ向かう。入場料金を払い穴に入ろうとするとヘルメットを渡される。コウモリめざして洞窟の奥へ腰を曲げて進む、奥の方は結構狭いというか天井低くて這いつくばって進んで行く。「うーん、俺何でこんな事してんだろう?」洞窟内はそんなに冷気もない。冬は温暖だそうで多数のコウモリが冬眠の場所として生息していたそうだが、近年はコウモリもその数を減じているらしい。結局コウモリを見ることは出来ず次の穴に行くのだった。風穴は富士山の噴火の際に流れ出た溶岩流によって形成された洞窟で結構天井も高く中も広いのだ、年間を通じて内部気温が一定しているため、明治時代まで蚕種の貯蔵に利用されていたそうだ。風穴からさほど離れてない所に氷穴がある。氷穴と言うくらいなもんで縦穴環状洞窟は一年中氷に覆われ、常温は零度。最大の見所は氷の池で、地面、壁、天井に至るまで氷に覆われている。知らずにオフブーツ履いたまま穴に入って行ったので滑りそうになる。慎重にすり足で進んで行くのだった。氷穴から出ると昼近くになっていた。そういえば今日は土曜日、人も車も多くなるだろう。そろそろ退散することに、再び八ヶ岳方面に向かって行くのだった。

2000年8月27日

てっちゃん?
鉄道日本最高所(1375m)
何でこんなに端っことか高い所に惹かれるんだろうか?野辺山にある鉄道最高地点にいるのだ。「広島からですか!また随分遠くからきたんですね」と声を掛けられた。考えりゃ今日で10日目、ぼちぼち走ってるつもりでもこんなに遠くまでたどり着いてしまう。ここらの人には広島ナンバーなんて未知のナンバーに違いない。一生のうちに一回見れるか見られないものを見せてしまった。山の中をぶらぶらしながら走り夕方頃草津に到着。バイクを停めて温泉街に入って温泉饅頭を試食したりお土産屋をのぞいたりと観光気分を楽しむ。町中、温泉のにおいが充満してなかなか凄い。その原因というかその正体が町の真ん中にある草津名物の湯畑で、この源泉が毎分五千リットルの湯量を誇っている。こんな風景は初めて見る、湯の花を採取するための何本もの長い木桶が並んでいるのだ。さらに草津の奥へ温泉探して彷徨い歩く。町中浴場だらけで何処に入るか迷ってしまう。その中でも鄙び方の渋い地蔵の湯に入っていった。何処で金払うんだろう?人もいなけりゃ金入れる箱もない。後で知ったのだが草津には十八もの無料共同浴場があるらしい。さすが天下の草津温泉太っ腹だあ。天下の草津温泉に入って旅の疲れを癒す。湯船の中でボーとしながら呟いた。「思えば遠くへ来たもんだ!」

2000年8月28日

国道日本最高所
国道日本最高所(2172m)
志賀草津道路を登り国道最高点の渋峠へ向かう。重い荷物を背負い高山病に成りかっかている世朗が可哀想だ。火山帯の殺生河原を抜け白根山の尾根筋を走っていくと群馬県と長野県の県境に渋峠を発見する。走ってると見落としそうな駐車帯に観光山岳案内と文字も消えかかった国道最高点の木の看板がある。少し下にあるレストハウスにも同じ様な看板があるが此方のほうが真の最高点だと思われる。国道最高点を過ぎたらもう下るばかりだ。今日は白馬あたりまで行ければいいや!温泉探しながらでもボチボチ走ることにする。Tマップルを見てみると丁度良い所に馬曲温泉がある。巻頭の写真頁にも出ていて良さそうなので行ってみた。昼から温泉・・・極楽人生、湯質も湯加減も満足だった。温から上がると昼を過ぎていたので、そろそろ走り出す。野尻湖に出て山間の木立の中を抜けて戸隠高原へ、秘境のごとき小谷の山村を進んで行く。白馬村に入るくらいから所々で北アルプスが見え隠れし始める。下りになるとカーブが多くなり、気を遣いながら走り麓に降りると目の前には北アルプスが広がる。本当にこんな所までよく来たよなあ!感動というか・・・感動なんだろう

2000年8月29日

あまりデカくないですよ。
スモールマウスバス
木崎湖といえばバスなのだ!右手にアルプス見ながら走っている。今日は釣りをするために木崎湖に向かう。・・・と故障発生。ヘッドライトが点いてない。部品を売ってる所もなく急きょバイク屋のお世話になることにする。国道沿いなので割と簡単にバイク屋を発見する。世朗に合う豆球もあり、取り付けていると新たなる故障を発見する。何とオイルが漏れている。またか!実はこの世朗くんは過去2回オイルをお漏らしさせている。何処かパッキンが破れていると思われる。ここで何日も部品が届くのを待ってる訳にもいかない。オイルを継ぎ足しながら旅を続ける事にする。幸い軽傷のようだ、まあ保つだろう。継ぎ足し用のオイルも購入して再び木崎湖を目指した。木崎湖に到着しボートを借り、何故か宇宙戦艦ヤマトを歌いながら出航する。こんな真夏の真昼間に釣りなんて・・・どう考えても釣れる訳がない。只暑いだけで何にもならない。日が暮れるまでボートで日陰になってる所に入り込み昼寝を決め込む。あ〜ボートの揺れがユリ籠のようで気持ちいい。夕方になって湖も日陰になってる所が多くなり、ようやく釣モードに切り替える。夏なので流れ込みか日陰になってる所を探し廻る。ようやく、ここならという所を見つけ竿を振る。当たりだ!入れ食いモード突入なのだ、パチンコで言うと、確変突入なのだ。実は木崎湖にいるバスは、一般世間で言われてるラージマウスバスとは違いスモールマウスバスという輩で書いて字のごとく口が小さく、低地の水温の高い所には生息出来ないというやつだ。引きはラージより強く下方に持ってかれるような感じで結構面白い。ブラックバスについては、まあ色々あるけど難しい問題は何処かの市民団体にませておいて、居るものは釣ってしまおうと思うのだ。あ〜今日も陽が暮れる。ひぐらしが鳴きはじめる。まあ俺もその日暮らしか!

2000年8月30日

道祖神
道祖神
アルプスを右手に見ながら木崎湖から安曇野に向かっている。バイクで旅をしてるとは思えないくらい移動距離も少なく、のんびり旅してる。とりあえず安曇野には昼頃についてしまい。観光スポットであるわさび園に行ってみた。わさびの畑をブラブラ歩き、わさびアイスとか食ってみる。これ結構いける!久々に甘い物食った。わさび畑よりアイスのほうに感動する。その後は、道祖神みたりしながらブラブラとする。道祖神は村の辻に立っている。村人たちが理屈抜きに祈った土俗の信仰だ。若者や娘は良縁が得られますように!お嫁さんは良い子が授かりますように!そしてお産が軽くすみますように!病人やその家族は快癒を、農民は五穀豊穣を雨の多収を、村人は疫病や悪人が村内にに入って来ないことを祈り願ったのだろう。そして旅人は行路の安全を願うのだった。

2000年8月31日

白骨温泉
白骨温泉
ハッコツじゃなくてシラホネ!もともとこの温泉は白船温泉と呼ばれていたのだが中里介山の小説「大菩薩峠」で白骨温泉として扱われ、この名が一般化したそうだ。バイクを駐車場に停め木造の階段を降りていくと深い渓谷の底に露天風呂の共同浴場がある。白濁した湯は湯船までも白く染め上げる。むせ返るような硫黄のにおいが漂い旅の疲れを癒す。明日から9月なのか?学生さん達も大変だなあ!自分の旅もそろそろ終わりに近づいている。9月5日には広島に帰らなければいけない。「帰ったらそろそろ就職活動せんとイケんなあ」と思ってると携帯が鳴った。「ドラゴンクエスト擦入りましたので取りに来て下さい。」ソフトショップからの電話だった。・・・そうか、帰ったらドラクエやらなっくちゃなあ!また社会復帰が延びてしまった。そしてまた山の奥に入って行くのだった。

2000年9月1日

ばかと煙は高い所が大好きらしい。
車道日本最高所(2702m)
車道日本最高所2700を目指し乗鞍を県道からリズムの悪いつづら折りを上がっていく。標高が上がるにつれて霧なのか雨なのか水分が体を濡らしていく。バイクを停めて着替えるのは面倒だが、体力を消耗してしまいそうなので合羽を着用することにした。前を走る車にペースを合わせチェンジを変えるのも、もどかしくアクセルだけをひねり頂上までたどり着く。霧のため視界もままならないが車道日本最高所地点を探す。結局何処が車道最高地点か判らなかったが乗鞍岳登山口の駐車場の登山案内板に標高二千七百の数字を見つけ、ここら辺の何処かが車道日本最高所であることが確認出来た。とりあえず写真でも撮っておく。後は乗鞍スカイラインでも通っていくかと思ったが、通行止め?交通情報案内板には強風と書いてある。「此処まで来てそれはないよ!」今来た道をを逆戻りで降りて更に昨日通った道を不本意ながら戻るのだった。今日で信州ともお別れだ。飛騨高山に降りる坂を降ってサイドミラーを覗くとアルプスが遠くに映り、この旅の終わりが近い事を知らされる。といっても広島までは遙かに遠いのだ、残された道中にきっと何かがあるに違いない。

2000年9月2日

結構山の上にありました。
高野山
琵琶湖の東岸を走ってると琵琶湖大橋が見えてくる。これを渡って再び京都へ入っていく。来るときは山陰からだったので違うルートを選びたい。と言う訳で和歌山方面に向かって行き四国に渡ることのする。京都の渋滞を我慢し奈良に出る。せっかく奈良まで来たんだから世界遺産の法隆寺を見学するのだ。法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築として知られている。なんか広いなあ広すぎるぞ法隆寺!近所の寺とは比べ物にならない。法隆寺が広すぎたので結構時間食ったゾ!少し急がねばとか思いつつも、よせばいいのに高野山にも行ってしまう。今度は弘法大師なのだ!紀ノ川を渡って峠を目指す。途中、イニDゴッコしてる車とかいるがすぐ観光バスの大群に行く手を遮られ一緒にボチボチ登って行くことになる。高野山は弘法大師が開いた真言密教の一大霊場で、山内には金剛峯寺をはじめとする約百二十の寺院が林立し千二百年をこす仏都の風格を今に伝えているのだった。着いたのはもう日が暮れかけて、金剛峯寺だけ慌てて見学し山を下りる。はっきり言って何にも覚えてない!此処まで来といて勿体無いことをしました。今日は有田オレンジYHに予約を入れている。ちょっと遅くなりそうなので電話しておく「気をつけて来て下さい!」という返事を聞いて一安心する。しかし、有田オレンジのある湯浅町に入りYHの場所が判らなくなってしまい結局午後8時位になってしまったのだ。まずいYHにチェックインするにはちょっと遅い時間だ。だが有田のおかあさんは快く迎えてくれました。・・・有田のおかあさん、あの時はありがとう御座いました。しかも8時に着いたにも関わらず晩酌までしてしまって。また行きますよ!

2000年9月3日

和歌山から四国へ
和歌山から四国へ
四国へ渡るフェリーに乗るため和歌山港に急いでいる。思ったより荷支度に時間を掛けてしまい、余裕の無い一日の始まりとなってしまった。和歌山市に入り向こうからパトカーが来るが、反対車線だし中央分離帯もあるし関係無いだろうと思って無視して突っ走る。パトカーを運転してる公務員がマイクを握るのが見えた。「あっやば!」とか思った。よく聞こえなかったが、まあ何かしらん怒鳴られたらしい。追ってくる気配も無しでそのままフェリー乗り場に向かって行った。船に揺られて二時間ようやく四国まで戻ってきた。徳島市内を抜けて、吉野川を右手に見ながら、やたらと郊外店の多い国道を西に向かう。今日もユースに泊まることにしている。水軍ユースさんに昨晩連絡しておいたのだ。途中、大歩危小歩危への案内看板とかあって、行ってみようかとも思ったが次の機会にする。こんな調子で廻ってたらキリがない。日本一周しようと思ったら一年じゃ終わらないというのが良く判る。事実、今回の信州編でも「時間があれば行くんだけどなあ」と思いながら断念した所も多い。今日で18日間も廻ってて贅沢な事を言ってると思われるが、行きたいのだから仕方がない。新居浜に出てしばらく平地を走っり今治から再び山の中に入って行く。まだ時間的に余裕が有りそうなので、前に坂田さんに教えて貰ってた鈍川温泉に足を延ばすことにする。アルカリ性のヌルヌル温泉で一息入れ、旅の垢を落とす。風呂から上がり、まったりしていたが夕方になったので宿に向かう。後は北条まで峠を下って行くだけ、麓まで降りると目の前に見える鹿島を目指すように水軍ユースに進んで行く。知ってる町並みを通り、鹿島の渡船場前を左折してから、小路に入って行く。ヘルメットを脱ぐのも、もどかしく玄関を開けて挨拶する。此処まで来れば帰ってきたようなもんで、水軍ユースで打ち上げしようと思ってやって来たのだ。Sさん・・・いつの間にかキリンドラフトマスターになってる!精力的にヤッてるよなあ!とか関心しつつも、海の幸と旅の話をつまみに生ビールを進めて行く。前に長崎のOさんと一緒に七月に来てるので久々でも無い、それでも話が尽きることはなく気がつけば日付が変わっていた。

2000年9月4日

堀江から阿賀へ
堀江から阿賀へ
「近いうちにまた来なよ!(Sさん)」「じゃあ、その頃まで再就職するの延ばしてますよ!ハッハッハッ(せろ吉)」(平成12年11月に再就職しました。)次に来る約束をし、北条を後にする。堀江港でフェリーの時間が来るまで海を見ながら黄昏ている。「ああっもう終わりか!早いよなあ・・・まあいいか又何処か行ってやるからな!」。フェリーで瀬戸内海を横断し阿賀港に着き、呉から海沿いに広島市に帰って行く途中、前を荷物満載のチャリダーがもがいていた。「今からなのかなあ〜?いやきっと今からに違いないヨ。」何故か、そう思えた。チャリダーを抜いていく時、少し照れながら左手で軽くこぶしを握るような激励を送ると・・・サイドミラーに映る彼はこぶしを高く突き上げ、ありったけの元気で答えてくれた。

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